先日、父方伯父の三回忌法要(以下、法事)に出席してきました。

私の両親は既に他界しているため、父方及び母方親戚の法事には私が父母になり代わって出席しています。

また、父母の葬儀では、長男だからという理由で私が喪主を務めました。

まあ、東北の田舎ですので、長男が喪主を務めるのが当たり前の風習が残っています。

このため、私は40歳代半ば既に2回程、葬儀で喪主を務めた経験があります。

ところで、葬儀の形式や内容は、宗派や地域大きく異なります。

一方、喪主挨拶は殆どの場合に行うかと思います。

この喪主挨拶、実は参列者のほぼ全員が耳目を傾ける重要なものです。

芸能人や著名人であれば、コピーライターが草案したような感動的な喪主挨拶が行われます。

しかし、我々一般人には、そんなことはまず無理です。

それに、喪主は葬儀を取り仕切ることに忙しく、挨拶の文面を考える暇も無いのが実情です。

このため、葬儀社の示す文例集通りの挨拶文を用いることが、まあ一般的ですし無難です。

私も当初は文例集から挨拶文を選び、そのまま用いるつもりでした。

しかし、葬儀社のある方からちょっとしたアドバイスを頂き、文例集の挨拶文に若干の変更を加えました。

その挨拶文は、参列者からの評判が思いのほか良いものでした。

まあ、お世辞も入っているかも知れませんが。

そこで、私の実際の喪主挨拶文を当ブログにアップしたいと思います。

葬儀で喪主を務める機会がありましたら、挨拶文の草案時の参考にでもして下さい。


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1.挨拶の文例と構成

まずは、葬儀社の文例集にあった文例(例文)とその構成です。

この文例は、病気療養中のお見舞いのお礼も述べるものです。

私の父母は、共に病気を患い入院し、そのまま死去したので、この文例を選択しました。

(1)文例

本日はご多忙中にも関わらず、多数のご会葬を頂き、その上お心のこもったご厚志(こうし)、お供物(くもつ)を賜りまして誠にありがとうございました。

また父の病気療養中には、お見舞いを頂いたことをあわせて感謝申し上げます。

父は半年前から○○を患いまして、以来入退院を繰り返しておりましたが、一昨日に家族の見守る中、△△病院にて息を引き取りました。

××歳でございました。

入院中には皆様方から心強いお励ましやお見舞いを頂き本当にありがとうございました。

これからは、残された私たち一同、力を合わせて頑張っていく所存でございます。

今後とも亡き父同様ご指導ご鞭撻をお願い致しまして、ご挨拶に代えさせて頂きます。

本日は、どうもありがとうございました。

(2)挨拶の構成

① 出だし
・参列者への会葬のお礼
・香典やお供えへのお礼

② 主題
・入院中のお見舞いのお礼
・故人の死の原因(病気の内容)
・故人の享年

③ 結び
・故人亡き後の遺族の覚悟
・遺族へのご支援・ご指導をお願い
・会葬御礼の挨拶で締めくくり

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2.実際の挨拶文

次に、上記文例に変更を加えた葬儀での実際の挨拶文をアップします。

これは、葬儀社の担当者Sさんからのアドバイスを基に草案したものです。

そのアドバイスとは、故人の「人となり」を少しでも入れることです。

理由としては、

①兄弟などの近しい参列者には、生前の故人のイメージが明確に蘇る。

②義理の参列者には、故人の歩んだ人生がなんとなくイメージできる。

つまり、の故人とは距離が異なる参列者にとって、この喪主挨拶と共に遺影を見た場合、より故人に感情移入し易くなるからだそうです。

この結果、参列者とって印象深い挨拶となるようです。

加える内容は、イメージし易いように、具体的な方が良いとのことでした。

(1)父の葬儀での挨拶文

本日はご多忙中にも関わらず、多数のご会葬を頂き、その上お心のこもったご厚志、お供物を賜りまして誠にありがとうございました。

また父の病気療養中には、お見舞いを頂いたことをあわせて感謝申し上げます。

父は幼少の頃より腎臓を患っておりまして、これが不帰の要因となりました。

今日の時代といたしましては、六十八歳という年齢は短く、あと十年生きていてくれたらと思うと、それが心残りです。

しかし、父はこのような持病を抱えながらも定年退職まで勤め上げると共に、私たち3人の子供をそれぞれ希望の学校へ進学させてくれました。

このことに私たち家族は、大変感謝しております。

これからは、残った母を大切にし、それぞれ立派な家庭を営み、父にも安心して頂きたいと思っております。

今後とも亡き父同様ご指導ご鞭撻をお願い致しまして、ご挨拶に代えさせて頂きます。

本日はどうもありがとうございました。

赤文字が加えた「人となり」の内容です。
ポイントとしては、

①幼少の頃から腎臓に持病があったこと
②そのため、就職等で苦労をしたこと
③病弱でも、粘り強く真面目に働いたこと
④子供たちの教育に尽力してくれたこと

です。

(2)母の葬儀での挨拶文

本日はご多忙中にも関わらず、多数のご会葬を頂き、その上、お心のこもったご厚志、お供物を賜りまして誠にありがとうございました。

また、母は病気療養中、入退院を繰り返しましたが、その際にはお見舞いを頂いたことをあわせて感謝申し上げます。

母は専業主婦でしたが、生来の器用さを生かし、和裁の仕事により家計を助けるだけでなく、園芸や家庭菜園などの様々な趣味を持ち、人生を楽しんでおりました。

また、聞き上手であった母は多くのご友人に恵まれ父に先立たれた後も充実した日々を送ることができたと思っております。

そして、母亡き後も、このようなご厚情を賜りましたことを、心からの喜びとして安からに眠ることができたと思います。

これからは母の教えや意思を汲み、遺族一同、それぞれの家庭を営み、母にも安心して頂きたいと思っております。

今後とも亡き母同様、ご指導ご鞭撻をお願い致しまして、ご挨拶に代えさせて頂きます。

本日は、どうもありがとうございました。

人となり」のポイントとしては、

①専業主婦であったこと
②手先が器用であったこと
③和裁の仕事により家計を助けた良妻?であったこと
④園芸、家庭菜園と多趣味であったこと
⑤聞き上手であり、友人が多かったこと
⑥父の死後も、友人と共に人生を楽しんでいたこと

です。

以上が実際の文例ですが、この程度の「人となり」を入れるだけでも、だいぶ印象深くなると思います。

実際、評判も良かったですしね。

私自身、中年と言われる年齢ですので、親戚や知人または職場の義理を含めて、そこそこの数の葬儀に出席してきました。

喪主挨拶で文例ガチガチの挨拶をされた葬儀は、やっぱり印象が薄かったと思います。

普段は聞かない小難しい言葉が並びますので、正直言えば、右から左にスルーであり、故人への感情移入はあまり無かったと思います。

それが、義理ならなおさらです。

最近は、葬儀社の方で個人のプロフィールを荘厳な音楽にあわせて紹介する場面もあります。

しかし、プロの“語り”のためか、なんと言うかBGM化してあまり頭に残りません。

やっぱり、遺族が感情込めた“語り”には敵わないと思うのです。

先日に出席してきた法事の伯父さんの葬儀では、50代の従兄弟が喪主挨拶したのですが、とても印象深いものでした。

従兄弟は、挨拶の中で伯父さんの若い頃の就職の失敗、その後の事業立ち上げ事業拡大への大勝負、のエピソードを紹介していました。

そして、普段はとても堅実な性格でも、ここ一番では勝負に出るギャンブラーな性格もあったと語ったのです。

この喪主挨拶を聞いた後は、あの堅物だった伯父さんにすごく親近感が湧きました。

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3.最後に

葬儀で喪主を務めることは、結構シンドイです。

色々と矢継ぎ早に決めなければならない事も多いですし。

また、親戚の年寄り連中余計な指し出口を挟んできます。

そんな時に、故人の「人となり」を加えた喪主挨拶の文面を考えることは、一見煩わしいとも思えます。

でも、参列者にとって印象深い挨拶となる効果があります。

しかし、それよりも葬儀で多忙を極める喪主が、改めて故人と向き合える時間ができる効果の方が大きいと思います。

私自身、喪主挨拶を考えることにより、父母の死を受け入れると共に、その良い思い出を心に刻むこと出来たと思います。

ここで一句、
人となり 喪主挨拶に 入れるなり

では、また。


追記1

亡くなったには、その死後に我々遺族が驚愕する事実が判明しました。

また、亡くなったには、幼少時の私が戦慄するエピソードがありました。

この辺りのエピソードについて、父母ごとにまとめていますので、良かったら読んでみて下さい。

父のエピソード
母のエピソード

追記2

この記事は、葬儀社が決まって喪主挨拶をする場合の参考になればとアップしました。

今だから言えますが、葬儀を滞りなく行うのなら葬儀社、特に担当者の良し悪しが重要だと思います。

私の喪主挨拶を含めて葬儀全体がソコソコ上手くいったのは、葬儀社のSさんの細かな要望への対応、アドバイスが的確だったからです。

ただ、この葬儀社は、知人からの紹介で何も考えずに選びました。

この点、良い葬儀社だったのは、本当に運が良かっただけです。

最近、義父が危篤となった妻の同僚に我家と同じ葬儀社を紹介しようと思いましたが、止めました。

それは、葬儀のスタイルは宗派だけでなく地域ごと、大げさに言えば、隣の市でも大きく違う場合があるからです。

もし、家族に来るべき日が近づいているのなら、その時に慌てないためにも事前にどの葬儀社に依頼するかなど検討しておくことも有りだと思います。